安田猛 がんで死去 家族(嫁・子供)は?ヤクルト時代の経歴も

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ヤクルトスワローズの主力投手だった安田猛さんが
死去したというニュースが入ってきました

安田猛さんはガンの闘病生活を送っていました

今回は、安田猛さんのご家族やヤクルト時代の経歴などを
まとめていきます

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安田猛さんががんのため死去

安田猛さんは長い間がんにより闘病生活をされていました

プロ野球ヤクルトで主力投手だった安田猛(やすだ・たけし)さんが死去したことが20日、関係者の話で分かった。73歳。福岡県出身。がんで闘病していたという。  福岡・小倉高から早稲田大、大昭和製紙を経て1972年にドラフト6位でヤクルトに入団し、7勝5敗、防御率2.08の好成績で最優秀防御率に輝き、新人王に選ばれた。「ペンギン投法」と呼ばれた独特の左サイドスローで、81イニング連続無四死球のプロ野球記録を作った73年も防御率1位でタイトルを獲得。78年の初のセ・リーグ優勝、日本一に貢献した。  81年の引退後はコーチ、スコアラーなどを務め、小倉高でも指導した。

ヤクルト時代ペンギン投法で有名だった安田猛さんが20日
がんのため亡くなったという突然のニュース

安田猛さんは2017年に地元でもある小倉高校の野球部コーチを
始めていました

安田猛さんは糖尿病を患っており病院へ

その時、医師から告げられたのが「がん」

腹膜播種で、胃にスキルス性のがんがありステージⅣとの宣告
余命は12ヶ月~13ヶ月と言われたそうです

しかし抗がん剤治療も上手くいき小倉高校の野球部コーチにも復帰
していました

がんの宣告から4年後に死去されるとは

安田猛の経歴 ヤクルトスワローズ時代のペンギン投法は?

安田猛さんは1947年4月25日生まれで北九州市出身です

高校は小倉高校で甲子園出場経験はありません

小倉高校を卒業後早稲田大学へ進学し
東京六大学野球リーグでは1968年秋季リーグの優勝に貢献されます

その後社会人野球を経てヤクルトスワローズ(当時はヤクルトアトムズ)
ドラフト6位で入団

この時24歳でした

安田猛さんは1年目から技巧派投手として活躍し
50試合に登板し7勝5敗、防御率2.08の成績で新人王と
最優秀防御率のタイトルを獲得

安田猛さんのペンギン投法

Yasuda
個性派ピッチャー達【変則投法】

1974年に半月板の故障により選手生命が危うくなりますが
そのシーズンも9勝を上げ1975年以降先発に回り4年連続で二桁勝利
上げるチームの中心選手へ成長

1978年にはヤクルトスワローズの初優勝に大きく
貢献されました

がんばれ!!タブチくんでも人気キャラクターに

1979年以降は半月板がまた痛みだし1981年に引退されています

安田猛 主な経歴のまとめ

・1965年『第37回 選抜高等学校野球大会』に出場。初戦敗退

 

・1968年『六大学リーグ』秋季リーグで優勝

 

・大学卒業後、『大昭和製紙』の社会人野球へ。

 

・1970年 『第41回 都市対抗野球大会』に出場。優勝

 

・1971年 『第42回 都市対抗野球大会』に出場。1回戦敗退

 

・1971年 『ヤクルトアトムズ』へドラフト6位で入団。

 

・1972年と1973年に『最優秀防衛率』タイトル獲得。

 

・1972年に『新人王』タイトル獲得

 

・同年、リーグ最多『無四球試合』(5試合)

 

・同年、7月16日から9月9月まで『81イニング連続無四死球』プロ野球記録を樹立

 

・1973年、1975年、1977年に『オールスターゲーム』に出場

安田猛の家族(嫁や子供は)

安田猛さんの家族の情報ですがどこを探してもありませんでした

結婚されお嫁さんや子供さんがいるのか?明らかになっていません

2019年にTBSで放送されている爆報フライデーに出演されていますが
ご家族の情報はありませんでした

まとめ

今回は安田猛さんががんで死去されたニュースと経歴などについて
調べてきました
享年73歳という年齢で何とも惜しまれます
ご冥福をお祈りいたします

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